Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

なんとなく不安なときにも効く『お釈迦さまの処方箋』平岡聡

2年前からひとり暮らしをしている長男。大学受験は後期試験までしぶとく粘り慌ただしく出ていったきりなので、彼の部屋の本棚は未だ大量の参考書や赤本で埋め尽くされている。こんなに勉強してたのだろうか?としみじみ眺めていると、ふと仏教の本が何冊か…

春、新たなるやかた

沼が散在する書物の森を抜けだし、この春から、ここ関西大学総合図書館でお世話になることになりました。大阪、私大ということでかなり新鮮に映ったものの、そういえば私は生まれも育ちも大阪だった!ということを思い出し、懐旧の情が湧きだしてきた。元気…

『はじめてのギリシャ神話解剖図鑑』河島思朗監修

西洋古典学ご専門の、河島思朗先生より賜りました『はじめてのギリシャ神話解剖図鑑』(2023) 。大変ありがたいことです! 本書は、ギリシャ神話にまつわる基礎知識から専門知識まで、イラストや図を用い、わかりやすく解説された図鑑です。入門書?とはいえ…

本当は怖い「バベルの図書館」

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899-1986)の「バベルの図書館」を巡っては、世界中の読者の想像力を掻き立ててきたことだろう。私もそのひとり。出会いのきっかけは、映画『薔薇の名前』(原作、同タイトル Il nome della rosa ウンベルト・エーコ著 , 1980 )…

カズオ・イシグロの書評からたどる Uchi 論がおもしろい『水商売からの眺め : 日本人の生態観察 』ジョン・デイビッド・モーリー著

「うち」という言葉は、外国人からすると、たいそう奇妙であるらしい。関西では、おもに女性が「私」の代わりに用いたりする。他にも、うちの子に限って、うちの人、うちの会社、うちらの世代、、、など、老若男女、津々浦々、よく耳にする言葉ではないだろ…

珠玉の文学的遺書:ボルヘスの『シェイクスピアの記憶』

昨年末出版されたばかりの「シェイクスピアの記憶」は、ボルヘスによる最晩年の作品。 「文学的遺書」とも呼ばれている。 数多ある短編のなかで、唯一翻訳されていなかった作品だと知り驚いた。 本邦初邦訳ということで、大変ありがたく読ませていただいた。…

読んでいない本について堂々と語る方法

『読んでいない本について堂々と語る方法』を最近知りました。衝撃です。なんとこの書籍、2007年にフランスで出版されるやいなやベストセラーとなり、30か国以上で翻訳されました。著者は、文学教授であり精神分析医でもあるピエール・バイヤール。特異な観…

「記憶」を伝え残していく使命~知られざる震災後の図書館員の物語~

おくればせながら、能登半島地震で被災された方々へ心よりお見舞い申し上げます。 今朝のニュースで、被害を受けられた富山市立図書館が再開されたことを知りました。 約10万冊の本が床に散乱したとのこと。 元旦(休館)ということで人的被害が抑えられたこ…

新王の帰還「ネズミ捕り Ⅲ 新王と旧王」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕りⅡ」のつづきranunculuslove.hatenablog.com ついに最終章。 ここで急に語り手が変わるので、一瞬戸惑ってしまうけれど、新王の、違った視点で物語る「アナザーストーリー」が始まる。視点が変わると物事の見え方も変わり、勇気や希望が芽生える…

欠けたピースは永遠に埋まらない 「ネズミ捕り Ⅱ 王」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕り Ⅰ」のつづきranunculuslove.hatenablog.com 第二章では、The King と副題がついているとおり、いよいよ新王が登場する。ネズミ捕りと新王、新たな心理ゲームの幕開けである。それは、エセルを巡る取引であり、お互いの内面をえぐり出すようなせ…

あなたは何を求めているのか「ネズミ捕り Ⅰ」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕り The Rat Catcher Ⅰ~Ⅲ」は、ナオミ・イシグロ短編集『逃げ道』( Escape Routes , 2020 ) に掲載されているお話。間をあけた三部構成になっていて、その存在感は際立っている。間に入るお話は、どれも現代を舞台としているのに「ネズミ捕り」は…

Escape Routes『逃げ道』ナオミ・イシグロ

『逃げ道』( Escape Routes , 2020 ) は、英国作家の新星ナオミ・イシグロのデビュー作となる短編集です。 逃げ道作者:ナオミ イシグロ早川書房AmazonEscape Routes: ‘Winsomely written and engagingly quirky' The Sunday Times (English Edition)作者:Is…

J.K.ユイスマンス『ルルドの群集』

フランスの田舎町、ルルドをご存じだろうか。 ピレネー山脈のふもとにあるこの町には、かつて聖母マリアが出現したといわれる洞窟がある。現在もカトリック教徒の巡礼地として知られ、世界各国から訪問者が絶えることはない。 ことのはじまりは1858年、この…

『浮世の画家』思案橋でためらってみる

長崎の旅、後半は、 長崎市随一の歓楽街「思案橋」。 ここは、カズオ・イシグロ著『浮世の画家』に登場する「ためらい橋」(the Bridge of Hesitation)のモデルとされている場所です。 残念ながら、現在は川が埋め立てられていて、橋ではなく、交差点名や、…

『遠い山並みの光』を辿る旅

いわずとしれた、カズオ・イシグロの出身地、長崎を旅してきました。 市内の、実に7割の建物が斜面に建っていると聞いて驚いてしまいましたが、長崎港を覆いつくすような山並みの景色は、昼も夜も、独特の風情がありました~。 蒸し暑くて、今にも雨が降り…

『うき世と浮世絵』で『浮世の画家』を想う

内藤正人著『うき世と浮世絵』は、「浮き世」ということばの語源や、「浮世絵」の生誕と歴史がわかる学術書です。江戸時代に産声を上げた浮世絵は、時代とともに進化を遂げ、近年のサブカルチャーや、外国文化に影響を与えてきました。その数は意外と多いこ…

イアン・マキューアン『恋するアダム』

イアン・マキューアン著『恋するアダム』は、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』と同時期に執筆され(2019)、同年に翻訳出版 (2021) された作品である 。両者が同じテーマを扱いながらも、それぞれに違った持ち味が楽しめるということで、当初から話題に…

大江健三郎とカズオ・イシグロの対談(1989)

もう2年ほど前になりますが、このブログで「カズオ・イシグロ × 大江健三郎 対談レポート(前篇~後篇)」と題した記事を、三回に分けて書きました。 1989年に行われた対談の、拙訳と感想が主でしたが、現在全て消去しています。すでに日本語訳が雑誌に掲載…

デカダンス文学の奇作!!『さかしま』 J.K.ユイスマンス

とんでもない文学に出会ってしまった。 J.K.ユイスマンスの『さかしま』 さかしま (河出文庫)作者:J・K・ユイスマンス河出書房新社Amazon 原タイトル : À rebours, (1884 , フランス)A Rebours by Joris-karl Huysmans (Folio (Gallimard))作者:Huysmans, …

『ヴィレット』シャーロット・ブロンテ

『ヴィレット』 (1853年)は、ジョージ・エリオットや、ヴァージニア・ウルフなどの名作家たちを次々に魅了させた、シャーロットの最後の小説です。ヒロインの心理描写が緻密な、孤独、苦悩、喪失の物語。現代英作家カズオ・イシグロも多大なる影響を受けた作…

ニコライ・ゴーゴリ『鼻』

なんとなくそこにあったから読んだ本。 と言ってはお恥ずかしいほどに、これが本当に面白くて、コメディドラマの映像が浮かんでくるほどだった。 短編小説『鼻』("Нос" , 1836)鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)作者:ゴーゴリ光文社Amazon 舞台はロシア…

Waiting for a ghost? ”The Gourmet ” Kazuo Ishiguro

カズオ・イシグロ脚本の『The Gourmet 』(ザ・グルメ)は、1987年にイギリスで放送されたテレビドラマ。シカゴ国際映画祭の「最優秀短編映画賞」を受賞した作品です。 完全版かどうかはわかりませんが、YouTubeで見ることができます。 www.youtube.com 脚本…

『古代ローマごくふつうの50人の歴史』無名の人々の暮らしの物語 :河島思朗著

河島思朗先生の最新著書『古代ローマごくふつうの50人の歴史』を読みました。古代ローマ ごくふつうの50人の歴史作者:河島思朗さくら舎Amazon 本書は難しい歴史書の趣とは違い、古代ローマへ気軽にタイムトリップできるような一冊です。普通の人、ごく一般…

巨人族の滑稽譚『パンタグリュエルとガルガンチュア』 by フランソワ・ラブレー

・・・正直なところ、ここで学ぶものといったら、 笑いをのぞけば、ほかに利点はございません・・・ 著者ラブレー自身のお言葉。 いきなりこう宣言されたら、なんだか力が抜けちゃいますね。 時にシュールで、時にお下劣な「痛快ほら話」、確かに笑い飛ばす…

『イワン・イリッチの死』トルストイ

「悲劇もあまりに微細に書くと、喜劇になる。悲しみが、笑いに転化する、、、」 とは、まさにこの作品のことではないかと思う。 (『百冊で耕す』近藤康太郎著、第四章「わからない読書」P.105 より) イワン・イリッチの死 (岩波文庫 赤 619-3)作者:トルス…

映画『生きる・LIVING』を鑑賞

カズオ・イシグロ脚本の映画『生きる・LIVING』を観ました。 この映画は言わずと知れた、黒澤明監督の日本映画『生きる』(1952) をリメイクされたものです。 さらに言うと、黒澤版『生きる』は、ロシアの文豪トルスロイ著『イワン・イリッチの死』Смерть Ива…

映画「生きる LIVING」公開直前 ! カズオ・イシグロ特集 "kotoba "2023春号

カズオ・イシグロが脚本を手掛けた映画『生きる LIVING』が、3月31日、やっと日本でも公開されます! もう一年以上待ったでしょうか、 とても楽しみです! 雑誌『kotoba』最新号ではカズオ・イシグロ特集が組まれ、映画だけではなく、これまでの作品に関する…

『奇妙な折々の悲しみ 』"A Strange and Sometimes Sadness" Kazuo Ishiguro

A Strange and Sometimes Sadness (1981)は、 ”Introduction 7 : stories by new writers” の中に収録された、カズオ・イシグロ、デビュー前の短編のひとつ。 イースト・アングリア大学時代の習作で『遠い山なみの光』(A Pale View of Hills, 1984)の試作…

"Waiting for J"『Jを待ちながら』 Kazuo Ishiguro

Waiting for J『Jを待ちながら』(1981 ) は、 カズオ・イシグロ、デビュー前の短編小説です。 A Strange and Sometimes Sadness『奇妙な折々の悲しみ』と Getting Poisoned『毒を盛られて』とともに、 Introduction 7 : stories by new writers , (1981) に…

悔恨と郷愁による再起の物語『トーニオ・クレーガー』トーマス・マン

トーマス・マンの『トーニオ・クレーガー』(原タイトル:Tonio Kröger , 1903 )を読みました。 トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)作者:トーマス・マン河出書房新社Amazon(河出文庫・平野 卿子訳 , 2011 ) 本書はトーマス・マンの代表的な青春小説で…