Ranun’s Library

ほぼカズオ・イシグロ読書録

『わたしたちが孤児だったころ』"When We Were Orphans" カズオ・イシグロ

わたしたちが孤児だったころ
When We Were Orphans ,2000
を再読したら、最後に涙があふれ出た。
イシグロ作品でこんなに泣いたのは初めてなのだ。


ブッカー賞の最終候補に選ばれていたという本作は、2000年に発表されたカズオ・イシグロの長編小説5作品目。


日の名残り』→『充たされざる者』から引き継がれている信頼できない語り手は、今回はイギリス人私立探偵だ。
心理的探偵物語と言われているこの物語は、これまでの作品の中で一番と言えるほど、イシグロ自身の経験と心情が色濃く現れていると感じる。
また、純イギリス文学的な文体や、探偵小説によくみられる伏線が序盤から随所に見られるのが特徴的だ。
これに気づくか気づかないかで、面白さが断然ちがってくるのだけど、どんな読み方でも可能にし、楽しめるというイシグロマジックには、ただただ脱帽する。


わたしが注目するのは、主人公のクリストファー・バンクスの、表面上は優雅なエリート探偵が、内に秘める精神的不安定な部分、二面性による葛藤。そして「孤児たち」とは何を意味し、誰を指すのかということ。バンクスは、なぜ「記憶の中で永遠に相矛盾する姿としてとどまることになった」(p.53)のか、なぜ「空想物語を維持しなければ」(p.164) いけなかったのか、ということについて探っていきたいと思う。
(以下、ネタバレありです)

簡単なあらすじ

イギリス人であるクリストファー・バンクスは幼いころ住んでいた中国上海で、両親とも謎の失踪をし、孤児となる。イギリスの叔母の家に引き取られ、寄宿学校からケンブリッジ大学を経て探偵になり名を馳せる。両親のことは今でも警察が懸命に捜索してくれていると子供のころの信念を持ち続けていた。しかしいくつもの事件を調査するなかで、両親の失踪についての実態を解き明かすのは自分の使命だと感じ、1937年、上海へ戻る。アヘン貿易に関わっていた父と、アヘン撲滅運動をしていた母は当然のように不仲であった。二人はいったいどこへ? 再訪した年は、奇しくも日中戦争の真っ只中。昔の記憶をたどり戦禍の中、無我夢中で両親をさがすが目的をはたせない。瓦礫の中で昔の友人アキラに再会し、怪我から救ったが、また別れ別れになる。そしてある人から両親についての衝撃的な事実を明かされる。過去に戻り目にしたものは残酷なものだった。

二国間の分裂

上海の記憶を呼び覚ましたきっかけは、ロンドンの書店でチェンバレン大佐と偶然再会したことに始まる。
チェンバレン大佐は、バンクスをイギリスの叔母の家へ連れて帰った人物。「故郷へ帰るんだよ」という言葉に幼いバンクスは涙するのだった。バンクスの故郷とは、もはやイギリスではなく住み慣れた上海だったというのに。どこかで生きている両親をおいて、海を渡り異国へ連れていかれる恐怖は、イシグロが5歳の時に祖父と別れて、両親、姉とイギリスへ渡った時の想いと似ているだろう。不憫に思った大佐は、さらに追い打ちをかけるようにこんな言葉をかける「全世界が自分の目の前で崩れてしまったんだ、勇敢にならなければ」。このことは幼い彼にとってトラウマとなり、張り裂けんばかりの感情をひたすら隠すことを覚えていった。


そんな過去の苦境が蘇ってきたのは、実はチェンバレン大佐との再会だけではなかった。彼と会った書店で立ち読みしていた本『アイヴァンホー』(p.41) が密かに後押ししていたと考えられる。
ウォルター・スコット著『アイヴァンホー』”Ivanhoe” (1820) は、実在する中世イングランドの歴史物語。ロビンフッドも登場する。時代はリチャード1世の頃で、アングロ・サクソン人とノルマン人の民族間のお話。後のヨーロッパ文学に大きな影響を与えたという。


初見だったこの作品、
参考にパラパラめくっていると、
ノルマン征服後、両民族は四世代たっても民族的差異や言語の問題が残っており、超えることのできない一線を画していた旨がかかれていた。
なるほど、、、、。


バンクスは幼い頃、この『アイヴァンホー』を愛読しており、友人のアキラと遊んでいた空想劇のヒントとなっていた。日本人のアキラも侍の冒険物語が好きで、西洋と東洋の物語を融合させた遊びは、個々の幻想や夢にまで広がっていた。また、バンクスとアキラが、英語と日本語の発音を教え合う場面はここからきているのかもしれない。これらを考えてみても、バンクスにとって『アイヴァンホー』は幼少期の郷愁に駆られる一因となったはずだ。二国間の越えられない一線は、イシグロ自身がそうだったように、バンクスの心中でも分裂したまま相矛盾した姿となって存在し続けていたのだ。


因みに、この民族間の壁、また相矛盾する葛藤などは、イシグロが後に『忘れられた巨人』(2015) の創作インスピレーションになったのではないかと考えることができる。『アイヴァンホー』のように、架空の人物を歴史上の出来事の中に登場させる手法もここから着想を得たのかもしれない。

アキラは実在したのか

「その男とは会わなかったな」
上海に行ったことのある人物が、バンクスの質問にこう答えた。
人口の多い上海で、偶然人と会うのは奇跡に近い。
立派な成人が、しかも探偵のバンクスが、初対面の人物にアキラに会わなかったかと質問するあたりは少し違和感を感じる。アキラに関しては相当な執着心をもっているように思えるし、アキラのことを語るのはバンクスだけで、その他の人物からアキラの話がでたことがない(はず)。


私が想像するに、
アキラとは、バンクスの心の中に存在する架空の人物ではないだろうか。


二人はお互いの家の境界を「秘密のドア」‘secret door’(p.94) と呼び、お互いの領域を行ったり来たりする。
強気でプライドの高い日本人のアキラと、
控えめだけど重要な決断をすることの多いバンクス。
いつも反対のことを言うアキラには時々腹をたてるが、確信をつく助言もあり、支配されることはないという。


幼い頃から両親の不仲で孤独を感じていたバンクスは、心の中に架空の友人をつくり、一人二役の空想劇で会話をし、感情と理性のバランスを保っていたのではないだろうか。
これはイギリスに渡った後も続き、叔母からよくこう言われていた。
自分の内にばかり目を向けることをやめにしなければならない」(p.22) と。


ここで、
2人がある盗み(液体入り瓶)を犯しあと、罪の意識からパニックに落ちいり、2人の特別な場所である運河の畔へ逃げ隠れるシーンを引用したい。
気のせいとは思えない「わたしたち」(赤字)という言葉が多用されているのがわかる。

Our spot by the canal, some fifteen minutes’ walk from our homes, was behind some storehouses belonging to the Jardine Matheson Company. We were never sure if we were actually trespassing; to reach it we would go through a gate that was always left open, and cross a concrete yard past some Chinese workers, who would watch us suspiciously, but never impede us. We would then go round the side of a rickety boathouse and along a length of jetty, before stepping down on to our patch of dark hard earth right on the bank of the canal. It was a space only large enough for the two of us to sit side by side facing the water, but even on the hottest days the storehouses behind us ensured we were in the shade, and each time a boat or junk went past, the waters would lap soothingly at our feet. On the opposite bank were more storehouses, but there was, I remember, almost directly across from us, a gap between two buildings through which we could see a road lined with trees. Akira and I often came to the spot, though we were careful never to tell our parents of it for fear they would not trust us to play so near the water’s edge.

Ishiguro, Kazuo. When We Were Orphans (pp.94-95). Faber & Faber. Kindle 版.

青文字は、
「反対側の堤」「ふたつの建物」で、
「わたしたち」の存在を被写体として表していると思われる。


信頼できない語り手はここで、
「わたしたち」を執拗に強調することによって、「わたしたち」はひとりだと言っているのではないだろうか。
バンクスが、何か思い切った行動をとる時、高揚したり動揺して感情が不安定な時、「わたしたち」は協力し合う。バンクスの内にある二面性をあちら側と、こちら側に例え「秘密のドア」のごとく、運河をいったりきたりして相談し合う。自分とは異質である架空の友人を常に心におき、自問自答し、俯瞰的な目で自己を見つめる材料としてアキラは必要不可欠だったのだ。つまりタイトルでもある「孤児たち」とはバンクス一個人のことでもあるのだ。このことは、最後に戦禍の中アキラと再会したとされる場面でもまた同様に感じられる。


注:「孤児たち」については、イシグロはもっと広域での概念を説明しているので、後に紹介したいと思う。

馬車とバス

バンクスは上海時代、フィリップおじさんを敬愛していた。
フィリップおじさんとは、
バンクスの母と一緒にアヘン撲滅運動をしていた中心的人物だ。
父親が失踪してからは特に、バンクスは彼を理想の父親像として崇め、イギリス人らしさを学ぼうとしていた。


そんなフィリップおじさんから、ある朝一緒に出掛けようと誘われる。
この日、母が誘拐されることになるのだが、実はフィリップは、母親拉致の協力者だった。そのためバンクスを外に連れ出す必要があったのだ。二人は馬車に乗り、表向きの目的地である楽器屋さんへと向かっていたはずが、下車した場所は市場の人混みの中。そこでバンクスは置き去りにされてしまったのだ。「いい子でな」と言い残してフィリップは雑踏の中消え去った。


馴染みのない土地で、取り残された恐怖と裏切られた感、さらに、母を失った屈辱は、必然的にトラウマとなってバンクスを苦しめ続けていた。しかし彼は、この衝撃事件を回想する時、こみあげる感情を表に出すことはない。孤児という、哀れな自分をひた隠そうとする物言いは、成長の過程を通して、いたるところで見られる。


本心を語らない、あるいは真逆のことを言う、というのはイシグロ作品全般に言えることでもある。ところが、このような覆い隠された心情は、実は違う場面で静かに、そしてさりげなく露わにしている。また、前述の「わたしたち」の多用と同様、何度か繰り返すのが特徴だ。


バンクスはロンドンの社交界で出会った女性、サラ(お互い想いを寄せていた)に、2階建てのバスに乗ろうと誘われた時、こう話す。

どうもロンドンのバスは怖くてね。バスに乗ると、自分が行きたくないところに連れていかれるような気がしてならないんですよ。それで、その日の残りは帰りの道をずっと探すために使う羽目になりそうで (p.115)


この瞬間、フィリップおじさんと乗った馬車のことを想起しただろう。
ロンドンへ連れて行かれた船もしかり、バンクスは乗り物に対するトラウマも抱えていたと思われるが、それに気づかれないよう穏やかな態度をとる。
ロンドンに詳しいサラと一緒なら克服できるのではないかと、快くバスに乗ったが、その日の夜にこんなことを語っている。

今日の午後、サラとバスの二階に乗ってロンドンを動き回ったために失った時間を取り返さなければならない (p.210)


傷は深く、しぶとい。
癒されることはなかった。
あの日、馬車に乗らなければよかった。
母が誘拐されたというのに、
助けられなかったあの時間を返してほしい、
母をなんとしても取り返さなければいけない、
ずっと思い続けてきた使命感が、より一層増すのだった。


盲目の俳優バンクス


繰り返し登場するキーワードを挙げるとしたら、
盲目の俳優」もそのひとつだ。


バンクスは、満を期して上海に戻ったあと、
警部から、両親をかくまっている隠れ家の情報を入手する。
その場所が、盲目の俳優、イェ・チェンの家の向かいだというのだが、
向かいの家の人の名前?
盲目?俳優?
何度も強調する意味は?
という謎が生まれるのだけど、


それはバンクス自身のことではないか!?
という思いに至った。
(あくまで私見です)


現地へ向かうバンクスは、もたもたする運転手に暴言を吐き続け、この時を境に理性を失い、人格が変わったように奇行がエスカレートしていく。


戦場の危険な地域へ足を踏み入れることも厭わず、そこで偶然アキラに出会った(と思っていた)ことから、例の空想物語が再開する。
まさしくここからバンクスは、一人二役盲目の俳優と化するのだ。


怪我をおった日本兵のアキラを背負い、一体化し、自問自答しながら盲目的に戦禍の瓦礫の中を進んでいくのだ。

ぼくたちは二人一緒だ。ぼくたちでやるんだ。ぼくたちならきっとなんとかできるさ (p.430)

ここで注目すべきは、この時の言葉、
「わたしたち」が「ぼくたち」に変化していることだ。
(原文では、the two of us together, we’ll do it, we’ll manage the thing for sure.)
(翻訳者は偉業なり!)
いかにあのころの懐かしい空想劇に、夢中になっているかが伺える。


そしてバンクスの感情は頂点に達する。両親を助ける目的はいつしか変化し、悪を倒さなければならない、世界を破滅から救わなければならない。ぼくたちが自分の役割をきちんと果たさなかったら、ばらばらになってしまう。そのために空想物語は維持しなければならないのだと。


やがてアキラの助言が聞こえてくる。
「違う、クリストファー間違ってる」(p.439)
「ノスタルジックになるっていうのはよいことだ」(p.444) けれど、
「慎重に考えるんだ。もう何年も何年も前のことなんだ」(p.451)


冷静にならなければいけない。


その時バンクスがみたものは、女性の遺体の腕の切断面。
それは磨き上げられたような白く輝く切断面だった。
「切断」は、『充たされざる者』に倣うなら、終わりを告げるキーワードである。


奇妙に笑いだすアキラに「離れろ!」と突き放しアキラは消えてゆく。
もう空想劇は続けていけない。
盲目の俳優はここで終わりを告げたのだ。


バンクスはのちに、あの時は熱があったのかもしれない、記憶が定かではないと振り返っている。

孤児たち

バンクスは、生れながらに孤児だったわけではない。
戦争孤児や、災害、事故の孤児とよばれる人たちも同様、少なくとも人生の途中までは親に守られて過ごしていた。
イシグロはこのような親に守られて過ごす時期を、保護されたbubble (泡) とよんでいる。
親や大人たちは、泡のなかで、この世界は素晴らしいのだということを教え、それは子供たちにとってエデンのような想い出となる、と述べている。
イシグロの言う「孤児たち」とは、親に保護されない状態で泡から出てきた人々のことをさす。
つまり私たちは成長するにつれて泡(幻想的な世界)から出なければいけないが、泡のおかげで人生の困難なことにも対応できるようになる。しかし一部の人は、このように導かれていない。そういう人たちを広い意味で、比喩的に孤児状態と呼ぶことがある、ということだ。
これらの孤児たちは、次に出版される『わたしを離さないで』に完全に引き継がれている。イシグロの言葉でいうと、キャッシーたちは、ヘイルシャムを出てからが本当の「孤児たち」ということになるだろうか。


本作に話を戻すと、
バンクスと駆け落ちするつもりだった女性サラも、孤児状態の一人といえる。
バンクス同様、得体のしれない空虚な思いを背負って生きてきたが、

(略)今はほかのものが欲しいの。温かくて包み込んでくれるようなもの、あたくしが何をやるとか、どんな人間になるとか関係なく、戻っていけるものが。ただそこにあるもの。いつでもあるもの。ちょうど明日の空みたいに。そういうものは今は欲しいの。(p.358)

という。ここには、過去にもどって保護された泡を取り戻したいというよりは、その泡と同等レベルの愛を、この先見つけていきたいという前向きな気持ちが読み取れる。


サラとはもう会うことがなくなってしまったが、この前向きさは、最終的にはバンクスの中にも芽生え始める。
ずっと心に存在していた「役割をはたさなければ、ばらばらになってしまうんだ」という言葉、言い換えれば「自分が役割をはたせば、ばらばらになったものを集められる」「過去のあの至福の泡を取り戻せるのだ」という、ともすれば子供じみた信念は、間違えていたのだと気づいていくのだ。
それを気づかせたのは、あのフィリップおじさんでもある。

真実を知る

バンクスは再会したフィリップおじさんから、全てを知ることになる。
父は愛人と駆け落ちし、香港へ渡るが一年後チフスにより死亡。
しかし母はまだ生きていた。


アヘン貿易の揉め事から、中国の軍閥ワン・クーのに連れ去られ、妾として悲惨な生活を送っていたが、今は解放され香港の療養施設にいる。
さらなる衝撃事実は、
バンクスがロンドンで何不自由な暮らしてこられたのは、母の体と引き換えに、ワン・クーの経済的支援があったからだと聞かされる。
バンクスの学費や、今の地位を作り上げた全ては、皮肉にも母を苦しめたワン・クーの恩恵によるものだったのだ。


学生時代の友人オズボーンに、コネに恵まれていることを羨み、執拗に迫った自分が、まさか同じ境遇だったとは。
あまりに信じがたい現実は、簡単に受け入れられるものではなかった。


しかし、やや攻撃的ともとれる次のフィリップおじさんの言葉は、バンクスの心を揺れ動かしたのではないだろうか。

きみがどのようにして有名な探偵になれたかもわかっただろう?探偵とはな!そんなものが何の役に立つ?(略)きみのお母さんは、きみに永遠に魔法がかけられた楽しい世界で生きてほしいと思っていた。しかし、そんなことは無理だ。結局最後にはそんな世界は粉々に裂けてしまうんだ。きみのそんな世界がこんなにも長く続くことができたななんて奇跡だよ(p.498)


永遠に魔法がかけられた楽しい世界」をイシグロのいう「」として考えるなら、こういうふうに言い換えられるだろう。


「わたしと、君のお母さんは、この残酷な真実に蓋をして封じ込め、告げないことで、今日の今日まで君を泡の中でずっと守ってきたんだ。

その泡のおかげで、君は不自由なく楽しい魔法のような優雅な世界を生きてきただろう。

それなのに君はどうだ?

いつまでもノスタルジーに浸り、空想物語の中にいただけじゃないか。

泡から出て、もっと現実をみろ。

両親の真実を解き明かすこともできない探偵とは、

理性をもって洞察できない探偵が、いったい何の役に立つのだ? 

君の仕事は、自分自身の内なる問題に、何の役割も果たさなかったじゃないか!

いいかげん大人になれ!」


おっといけない、
ついつい、
主観的な熱が入ってしまった。
この熱弁で、
バンクスが目を覚ましたと、ただただ信じたい。


念のため付け加えておくと、
イシグロは、あるインタビューで
ノスタルジーに浸るというのは、決して悪いことではない、全否定するものではないというようなことを語っていた。


母との再会

母との再会は実に20年後となる。
国際情勢や、バンクス自身の精神的状態もあったはずだが、最終的に背中を押したのは、養女のジェニファーではないかと感じる。自分と同じ孤児を引き取り、育てる過程でバンクスが描いていた親の理想像が良い意味で崩れていったのだろう。


老いた母はバンクスを認識できなかったが、今でも息子を愛し続けているという。

お母さん、ぼくですよ。イギリスからやってきたんです。こんなに時間が経ってしまって、ほんとうにすみません。お母さんをひどい目にあわせてしまって。こんなにひどい目に。できるだけのことはやったんです。でも、結局、ぼくの力では及びませんでした。取り返しがつかないくらい遅くなってしまいました(pp.514-515)

涙を誘う。本当に長かったことだろう。
母のもとへ帰郷することによって、
ようやく、長年背負っていた重い空虚なものを、おろすことができた。解放することができた。
ようやく、自分にとっての故郷は、上海ではなくイギリスだということ確信するのだった。


探偵を引退した現在、ジェニファーの近くで安泰に暮らしていくのも悪くないと語る。
サラが言ってた今欲しいもの、ただそこにあって、包み込んでくれるようにものを、ようやく手にすることができたのだろう。


もうそこにはアキラの存在はどこにもなかった。