Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

『夜想曲』Nocturne カズオ・イシグロ

夜想曲集 : 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(2009)
Nocturnes : five stories of music and nightfall
音楽にまつわる5つの短編集の中の、
夜想曲Nocturne


4番目に登場するこのお話は、
なんというか、現実味のない?非日常的なドタバタ劇が再び!という感じで、全体的にカズオイシグロらしいユーモアが散りばめられている。そういう意味では5つの中でいちばん面白いと感じる。



あとがきにもあるように、イシグロはこの短編集を5楽章からなる1曲、もしくは5つの歌を収めた1つのアルバムにたとえ、5篇を一つのものとして味わってほしいと述べている。4篇では、1篇『老歌手』で出てきたリンディーが再び登場したり、2篇『降っても晴れても』のドタバタが帰ってくる。5篇を1曲に例えるなら、このお話は一番盛り上がるサビの部分に位置するのではないだろうか。



ここまで読み進めると、各篇の語り手に共通する部分が見えてくる。それは、お世辞にも人生を謳歌しているとは言いがたい残念な男たちだ。
今回もスティーブという、なかなか有名になれないサックス奏者の語りである。



ティーブは、顔が醜男だからとマネージャーに整形をすすめられる。
かたや愛する妻には、その必要はないと言われる。しかし皮肉にも別の男のもとへと離れていってしまう。
その男に、費用をもつから整形しろと言われ、あれよあれよという間に整形することに。
(なんだそれ?)



あのリンディーが登場するのはその後、術後の療養ホテルで、部屋が隣どおしになる。有名人御用達のホテル。



リンディーはトニーガードナーと離婚後も毒舌ぶりは健在で、自由奔放なイメージはそのままだ。スティーブはそんなリンディに、完全に振り回されてしまう。



ティーブを部屋に呼び寄せ、トニーガードナーの曲を聴かせたり(未練あり?)、メグライアンにもらったチェスをしようと言ったり、あなたのサックスをききたいと執拗に迫る。人懐っこいともいえる?この馴れ馴れしさに不信感さえ感じるスティーブだが、、、、



マネージャーには、これはチャンスじゃないかと説得され、しぶしぶリンディーとチェスをしながら自分のサックスのCDを聴いてもらうことに。
しかし、反応が、、、お気に召さなかったようだ。後に感動の裏返しだったことがわかるが、リンディーは自分のとった態度を反省し、スティーブにあるプレゼントを差し出す。



それはなんと、年間最優秀ジャズミュージシャン賞のトロフィー。
ホテル内の散歩で盗んできた本物だ。
ティーブにとってこんなに皮肉な品はないだろう。



盗みはいかん!と返しに行くために、二人でホテル内をドタバタ。
ティーブは暗闇の中、なんとローストターキー(七面鳥)のなかにトロフィーをねじ込み隠したのだ。
手が七面鳥に入ったまま、つまり手が七面鳥という有様。



逃げ切る。笑い転げる、大の大人のドタバタ劇。
ここで忘れてはいけないのが、整形後の二人の顔は包帯ぐるぐる巻きだということ。



正気ですか、イシグロさん?



リンディーのやり方は突飛であはるが、どこか人情味があり憎めない。



ティーブは、整形したのだから、夫婦仲は取り戻せるし、サックスで有名になれると希望をもつ。
名誉や成功のためには、手段を選ばないということか?



リンディーとスティーブに共通していたのは、顔が変われば人生は変わる、名声や栄光は再生できると密かに信じていたこと。
それにしても、

人生は、ほんとうに一人の人間を愛することより大きいのだろうか (p.257)


私にはまだわからない。


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