Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

『アトラス : 迷宮のボルヘス』 J.L.ボルヘス

ボルヘス晩年期の世界旅行記『アトラス』。

原タイトル:Atlas , 1983


本書は実に不思議である。
まさに副タイトルのごとく、迷宮の旅へのいざない。ページをめくる毎に、新たな国への扉が開かれ、そこにボルヘスが存在するだけで、想像の世界に迷い込んだような気分になる。


アトラスとは「地図帳」を意味するが、地図はどこにも見当たらない。妻マリア・コダーマが撮った写真のコラージュを基に、エッセイや散文詩が綴られている。


アイスランドエジンバラ、合衆国、南アメリカ、エジプト、イタリア、日本を旅したとされるが、今どこの国、どの土地にいるのかはっきりと記されていないこともあり、読者は自分自身のアトラスを頭の中で広げなければならない。


旅行記といえば、趣のある景色に、風土食など、視覚的なものごとの手記を想像してしまうが、本書の場合はそうではない。その土地その土地で、ボルヘスが身体で感じたもの、イメージするもの、または過去の想起、文学的引用、隠喩などが中心となっている。


ボルヘスは1955年に完全に盲目となった。
このときすでに視力を失っていたことを考えると、このような美しい書の産物は奇跡的ともいえる。


ボルヘス自身、本書は「長い冒険のひとつの記念碑となるだろう」と述べている。


彼は視力を失っても、言葉でイメージを蘇らせることができる。


例えば、たびたび登場するモチーフのひとつである「虎」。ボルヘスは幼い頃から百科事典や動物園の虎に熱烈にあこがれていた。視覚的なそのものに加え、言葉から成るもの、たとえばブレイクの「虎よ、おまえは明るく燃え輝く」や、チェスタトンの「恐ろしいまでの優美さの象徴」という表現にも、非常に魅せられたという。


(どこの国かはわからないが)旅で生身の虎に引き合わせてくれた時は、恐怖の入り混じった幸福感に包まれたという。その存在を真近で感じた時、動物園で見た虎、書物の虎、言葉の虎が一体となって目の前に現れたのだろう。


これでもう夢の中の弱々しい虎ではなく、願い通りの猛獣を、何度でも蘇らせることができるのだ。その喜びが、穏やかな表情となってあらわれていた。


旅の最後は1984年、日本の出雲大社
仏教精神も持ち合わせていたボルヘスにとって、日本は思い入れの深い国であった。


出雲に神々が集い、人類が争いごとをやめないので滅ぼしてしまおうとするが、最終的には「人間たちを生き長らえよう」する。その理由はやはり、日本特有の言葉によるものだった。ちなみにタイトルは「作品による救済について」。作品(=俳句)が日本を救った!というお話。とても素敵な終わり方だった。


視力を、
失った光を、
感性と博識で補った五感の旅は、
彼にとって、かけがえのない最高の冒険であったに違いない。



参考文献