Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

2023-01-01から1年間の記事一覧

新王の帰還「ネズミ捕り Ⅲ 新王と旧王」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕りⅡ」のつづきranunculuslove.hatenablog.com ついに最終章。 ここで急に語り手が変わるので、一瞬戸惑ってしまうけれど、新王の、違った視点で物語る「アナザーストーリー」が始まる。視点が変わると物事の見え方も変わり、勇気や希望が芽生える…

欠けたピースは永遠に埋まらない 「ネズミ捕り Ⅱ 王」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕り Ⅰ」のつづきranunculuslove.hatenablog.com 第二章では、The King と副題がついているとおり、いよいよ新王が登場する。ネズミ捕りと新王、新たな心理ゲームの幕開けである。それは、エセルを巡る取引であり、お互いの内面をえぐり出すようなせ…

あなたは何を求めているのか「ネズミ捕り Ⅰ」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕り The Rat Catcher Ⅰ~Ⅲ」は、ナオミ・イシグロ短編集『逃げ道』( Escape Routes , 2020 ) に掲載されているお話。間をあけた三部構成になっていて、その存在感は際立っている。間に入るお話は、どれも現代を舞台としているのに「ネズミ捕り」は…

Escape Routes『逃げ道』ナオミ・イシグロ

『逃げ道』( Escape Routes , 2020 ) は、英国作家の新星ナオミ・イシグロのデビュー作となる短編集です。 逃げ道作者:ナオミ イシグロ早川書房AmazonEscape Routes: ‘Winsomely written and engagingly quirky' The Sunday Times (English Edition)作者:Is…

J.K.ユイスマンス『ルルドの群集』

フランスの田舎町、ルルドをご存じだろうか。 ピレネー山脈のふもとにあるこの町には、かつて聖母マリアが出現したといわれる洞窟がある。現在もカトリック教徒の巡礼地として知られ、世界各国から訪問者が絶えることはない。 ことのはじまりは1858年、この…

『浮世の画家』思案橋でためらってみる

長崎の旅、後半は、 長崎市随一の歓楽街「思案橋」。 ここは、カズオ・イシグロ著『浮世の画家』に登場する「ためらい橋」(the Bridge of Hesitation)のモデルとされている場所です。 残念ながら、現在は川が埋め立てられていて、橋ではなく、交差点名や、…

『遠い山並みの光』を辿る旅

いわずとしれた、カズオ・イシグロの出身地、長崎を旅してきました。 市内の、実に7割の建物が斜面に建っていると聞いて驚いてしまいましたが、長崎港を覆いつくすような山並みの景色は、昼も夜も、独特の風情がありました~。 蒸し暑くて、今にも雨が降り…

『うき世と浮世絵』で『浮世の画家』を想う

内藤正人著『うき世と浮世絵』は、「浮き世」ということばの語源や、「浮世絵」の生誕と歴史がわかる学術書です。江戸時代に産声を上げた浮世絵は、時代とともに進化を遂げ、近年のサブカルチャーや、外国文化に影響を与えてきました。その数は意外と多いこ…

イアン・マキューアン『恋するアダム』

イアン・マキューアン著『恋するアダム』は、カズオ・イシグロの『クララとお日さま』と同時期に執筆され(2019)、同年に翻訳出版 (2021) された作品である 。両者が同じテーマを扱いながらも、それぞれに違った持ち味が楽しめるということで、当初から話題に…

大江健三郎とカズオ・イシグロの対談(1989)

もう2年ほど前になりますが、このブログで「カズオ・イシグロ × 大江健三郎 対談レポート(前篇~後篇)」と題した記事を、三回に分けて書きました。 1989年に行われた対談の、拙訳と感想が主でしたが、現在全て消去しています。すでに日本語訳が雑誌に掲載…

デカダンス文学の奇作!!『さかしま』 J.K.ユイスマンス

とんでもない文学に出会ってしまった。 J.K.ユイスマンスの『さかしま』 さかしま (河出文庫)作者:J・K・ユイスマンス河出書房新社Amazon 原タイトル : À rebours, (1884 , フランス)A Rebours by Joris-karl Huysmans (Folio (Gallimard))作者:Huysmans, …

『ヴィレット』シャーロット・ブロンテ

『ヴィレット』 (1853年)は、ジョージ・エリオットや、ヴァージニア・ウルフなどの名作家たちを次々に魅了させた、シャーロットの最後の小説です。ヒロインの心理描写が緻密な、孤独、苦悩、喪失の物語。現代英作家カズオ・イシグロも多大なる影響を受けた作…

ニコライ・ゴーゴリ『鼻』

なんとなくそこにあったから読んだ本。 と言ってはお恥ずかしいほどに、これが本当に面白くて、コメディドラマの映像が浮かんでくるほどだった。 短編小説『鼻』("Нос" , 1836)鼻/外套/査察官 (光文社古典新訳文庫)作者:ゴーゴリ光文社Amazon 舞台はロシア…

Waiting for a ghost? ”The Gourmet ” Kazuo Ishiguro

カズオ・イシグロ脚本の『The Gourmet 』(ザ・グルメ)は、1987年にイギリスで放送されたテレビドラマ。シカゴ国際映画祭の「最優秀短編映画賞」を受賞した作品です。 完全版かどうかはわかりませんが、YouTubeで見ることができます。 www.youtube.com 脚本…

『古代ローマごくふつうの50人の歴史』無名の人々の暮らしの物語 :河島思朗著

河島思朗先生の最新著書『古代ローマごくふつうの50人の歴史』を読みました。古代ローマ ごくふつうの50人の歴史作者:河島思朗さくら舎Amazon 本書は難しい歴史書の趣とは違い、古代ローマへ気軽にタイムトリップできるような一冊です。普通の人、ごく一般…

巨人族の滑稽譚『パンタグリュエルとガルガンチュア』 by フランソワ・ラブレー

・・・正直なところ、ここで学ぶものといったら、 笑いをのぞけば、ほかに利点はございません・・・ 著者ラブレー自身のお言葉。 いきなりこう宣言されたら、なんだか力が抜けちゃいますね。 時にシュールで、時にお下劣な「痛快ほら話」、確かに笑い飛ばす…

『イワン・イリッチの死』トルストイ

「悲劇もあまりに微細に書くと、喜劇になる。悲しみが、笑いに転化する、、、」 とは、まさにこの作品のことではないかと思う。 (『百冊で耕す』近藤康太郎著、第四章「わからない読書」P.105 より) イワン・イリッチの死 (岩波文庫 赤 619-3)作者:トルス…

映画『生きる・LIVING』を鑑賞

カズオ・イシグロ脚本の映画『生きる・LIVING』を観ました。 この映画は言わずと知れた、黒澤明監督の日本映画『生きる』(1952) をリメイクされたものです。 さらに言うと、黒澤版『生きる』は、ロシアの文豪トルスロイ著『イワン・イリッチの死』Смерть Ива…

映画「生きる LIVING」公開直前 ! カズオ・イシグロ特集 "kotoba "2023春号

カズオ・イシグロが脚本を手掛けた映画『生きる LIVING』が、3月31日、やっと日本でも公開されます! もう一年以上待ったでしょうか、 とても楽しみです! 雑誌『kotoba』最新号ではカズオ・イシグロ特集が組まれ、映画だけではなく、これまでの作品に関する…

『奇妙な折々の悲しみ 』"A Strange and Sometimes Sadness" Kazuo Ishiguro

A Strange and Sometimes Sadness (1981)は、 ”Introduction 7 : stories by new writers” の中に収録された、カズオ・イシグロ、デビュー前の短編のひとつ。 イースト・アングリア大学時代の習作で『遠い山なみの光』(A Pale View of Hills, 1984)の試作…

"Waiting for J"『Jを待ちながら』 Kazuo Ishiguro

Waiting for J『Jを待ちながら』(1981 ) は、 カズオ・イシグロ、デビュー前の短編小説です。 A Strange and Sometimes Sadness『奇妙な折々の悲しみ』と Getting Poisoned『毒を盛られて』とともに、 Introduction 7 : stories by new writers , (1981) に…

悔恨と郷愁による再起の物語『トーニオ・クレーガー』トーマス・マン

トーマス・マンの『トーニオ・クレーガー』(原タイトル:Tonio Kröger , 1903 )を読みました。 トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)作者:トーマス・マン河出書房新社Amazon(河出文庫・平野 卿子訳 , 2011 ) 本書はトーマス・マンの代表的な青春小説で…

『ガウェイン卿の物語』ニール・フィリップ著 

映画『グリーン・ナイト』の字幕監修をされた岡本広毅先生の翻訳『ガウェイン卿の物語』~アーサー王円卓騎士の回想~ (2022) を読みました。(原タイトル:The Tale of Sir Gawain / Neil Philip , 1995 ) 『グリーン・ナイト』のお話が第四章に収録されてい…