Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

新王の帰還「ネズミ捕り Ⅲ 新王と旧王」ナオミ・イシグロ『逃げ道』より

「ネズミ捕りⅡ」のつづき

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ついに最終章。
ここで急に語り手が変わるので、一瞬戸惑ってしまうけれど、新王の、違った視点で物語る「アナザーストーリー」が始まる。視点が変わると物事の見え方も変わり、勇気や希望が芽生えるということを、改めて気づかせてくれる。「perspective」のメッセージをしっかり受け止めたい。


ところで、忘れてならないのは「ネズミ捕り」の存在。彼はもうこの世にいないのだろうか、、、。


*******


王宮にはまだ旧王の亡骸が安置されていた。尊敬していた父が急死しショックだった上に、愛犬ルーカスも失った。さらに「ネズミ捕り」に、惨い仕打ちをしてしまったことに罪を感じ、新王は精神的不安定に陥っていた。我こそが「モンスター」ではないのか。これからどうすればいのか、父の助言や励ましがほしくて王宮に戻ることにした。


真実と空想が曖昧になるほど弱っていた新王は、記憶の断片を辿り、ぽつりぽつりと過去を繋ぎ合わせていく。亡き王(父)のこと、ルーカスとの出会い、母と姉、ねずみのこと。しかしよく覚えていないことと、はっきり覚えていることが明白に分かれていることもあって、信頼できない語り手といえそうだ。つまり「覚えておきたいこと」と「忘れたいこと」を無意識に振り分けているように思えるのだが、父カズオ・イシグロの作品のように深読みするのは、ここでは控えておこうと思う。


この物語の山場はやはり、新王と父の亡骸が、思いがけない冒険に出る場面である。なんという奇想天外な発想なんだと思ったが、第一章と第二章で起きた惨事に比べたら、全然マシである。それは、ささやかだけど、明るい光が見え始めたからだと思う。(亡骸をひきずって)父と一緒に外の世界へ旅をし、新たな視点でこの世界を見渡したいと決意した時の新王には、もう弱さとか、自信のなさは感じられなかったし、心の闇を解放しようと努力しているように見受けられた。たくましさが感じられた。そして旅の途中で聞こえてきた父の言霊「そなたは道を見失っておる、、、云々」は、どんなにか彼の心を突き動かしたことだろう。


そして、なんと「ネズミ捕り」は生きていた。
父との最後のお別れのとき、ふと現れ、新王の助けになった。彼のおかげで本当の意味での父とのお別れができたのだ。あのような惨事の後だというのに、復讐心などなく、すべきことをしたまでです、と言ってのける「ネズミ捕り」には頭が下がる。心底誠実で、献身的で、紳士的な「ネズミ捕り」。いま目の前にいる彼は、新王の心を映し出す鏡のような存在だから、きっと新王も同じ思いなのだろう。もう誰も恨まない、愛犬ルーカスをちゃんと埋葬し、執着を手放す、そしてなすべきこと、王という使命を全うしようと、そう心に決めるのだった。紆余曲折の末、二人は無事、自分の持ち場へ帰還した。


新王の、いや二人の成長物語は、ここで幕がおりる。



ちょっと待った!
綺麗すぎはしないだろうか?
父の死因は?姉とねずみが絡んでる?
姉は愛するネズミが死にゆく道具を、なぜそこまで褒めたの?
新王は最後「ネズミ捕り」の仕事を支援するといっていたが具体的にはどういうこと?


など、いろいろ疑問点も残っているが、読んだその時の感覚と解釈を楽しめるものとして、この物語の紹介を終えたいと思います。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。



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