Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

巨人族の滑稽譚『パンタグリュエルとガルガンチュア』 by フランソワ・ラブレー

・・・正直なところ、ここで学ぶものといったら、
笑いをのぞけば、ほかに利点はございません・・・

著者ラブレー自身のお言葉。
いきなりこう宣言されたら、なんだか力が抜けちゃいますね。


時にシュールで、時にお下劣な「痛快ほら話」、確かに笑い飛ばす他はありません。


とはいえこの物語は、12世紀イギリスで書かれたジェフリー・オブ・モンマス著『ブリタニア列王史』( Histopria regum Britanniae ) に由来していることに加え、当時のフランス社会を風刺する内容も含まれているため、風変わりとはいえ、世界文学史を辿っても他に類をみない貴重な作品として知られているのです。


(『ブリタニア列王史』とは、史実と虚構を織り交ぜたブリテン建国にまつわる年代記であり、かの有名な『アーサー王物語』の生みの親でもあります)





この物語はそもそも『ガルガンチュア物語』と『パンタグリュエル物語』とに分かれていて、それぞれ巨人族の父と息子のお話ですが、先に書かれたのは息子の武勇伝を描いた『パンタグリュエル物語』(1532年) 。その2年後、偉大な父親の生誕と成長を描いたのが『ガルガンチュア物語』、あとから書かれたものの父親の話ですから「第一の書」にあてられたのでした。『ガルガンチュア物語』(1534年) は「第二の書」であり、その後10年以上たってから「第三の書」から「第五の書」まで、パンタグリュエル率いる冒険譚が書き加えられていきました。


さて、このように想像するだけで、壮大な物語であることは間違いないのですが、フランスの作家フランソワ・ラブレーがこの物語を書くきっかけとなった書『ガルガンチュア大年代記』に注目せずにはいられません。『ガルガンチュア大年代記』とは、1532年フランスで出版された作者不明の小品で、中世騎士道物語(アーサー王物語)を下敷きにした巨人族の話であります。しかし大年代記とは名ばかりで、当時人気を博したとはいえ、たったの32ページほどのおそまつなものだったといいます。そこでラブレーがこの作品に手を加え、ガルガンチュアの息子パンタグリュエルを生み出し、肥大させていったというわけです。


ごく簡単に整理すると『ブリタニア列王史』→『アーサー王物語』→『ガルガンチュア大年代記』→『パンタグリュエルとガルガンチュア』という流れで上書きされてきた作品です。逆に見ると『ブリタニア列王史』がいかに影響力の高い年代記だったことが窺えます。


ではいったいどのようなお話なのか、注目の『ガルガンチュア大年代記』のあらすじを簡単にご紹介します。(この小品は『パンタグリュエル物語』の巻末に付記されています)


アルチュス王(アーサー王)に仕える魔術師メルラン(マーリン)は、ある日ランスロ(ランスロット)の血をクジラの骨に注ぎ、骨を粉末にした。そこに太陽の熱が加わり、ガルガンチュアの父と母を生み出した。やがてガルガンチュアが生まれる。その後姿を消した魔術師メルランを探しに、両親は頭に岩を乗せて家族で旅に出る。ブリトン人といざこざをおこし、両親は急死。一人残されたガルガンチュアは、探し求めていたメルランと出会い、雲に乗ってアルチュルス王のもとへ連れていかれ、そこで王のために働くことになる。怪力と豪快な食べっぷりが認められ、メルランに鉄の棍棒をつくってもらう。その棍棒で強靭の敵ゴーとマゴを殺戮したり、アイルランドとオランダとの戦いでは10万人以上の兵をひとりで倒す。その後、ゴーとマゴの復讐にやってきた身の丈が12クーデ(1クーデ約50センチ)もの巨人と一騎打ちとなる。ガルガンチュアは例の棍棒を握りしめるが、相手の巨人は実は近眼であり、間違えて木にふりかかってしまった。そこですかさずガルガンチュアが襲いかかり、その巨体を折りたたんで巾着にしまってアルチュルス王の宮廷へ持ち帰った。大活躍したガルガンチュアは、妖精のガーン(モルガーヌ)に連れられ妖精の国へ行き、いまもそこで暮らしているという。


いかがでしょうか、
これだけでもう笑ってしまいますよね。
荒唐無稽と呼ばれるこのあらすじを軸に付け加えられていく「ほら話」を、終始痛快お下劣な語りで繰り広げられていくイメージ。是非この壮大な滑稽譚を手に取ってみてください。


私個人的に面白いと感じたのは、
パンタグリュエルが出会った男パニュルジュの存在意義。トルコから逃げてきたというその男は、ハチャメチャな性格で、道化のような見かけとは裏腹に13か国語も話せる知識人。感心したパンタグリュエルは彼を家来にし、行動を共にするのですが、この関係性がまたおもしろく、パンタグリュエルにとって彼はトリックスター的存在になるのですが、この人物は誰をモデルにしているのか、また風刺的な存在として起用されているとすれば、どんな暗示がこめられているのだろうか、などと考えてしまいます。


もうひとつは名前の呼び方。興味深いことにイギリス発祥の『ブリタニア列王史』は、いつのまにか国を超えてフランスで継承されていきます。そうなると登場人物の呼び名も変わり、アーサーがアルチュスに、マーリンはメルラン、ランスロットはランスロというように変容します。これはさすがに予備知識なく読んでいると気が付かないものだなあと思います。また、ガルガンチュアが討伐した強敵巨人「ゴー」と「マゴ」、これは注釈にもありますが、新約聖書に登場するGog とMagogに由来していて『ブリタニア列王史』では「ゴグマゴグ」という名の1体の巨人として登場しています。また、名前とは関係ありませんが、ガルガンチュアの両親が頭に乗せて運んだ巨石とは、ストーンヘンジのことなのなのか?などなど、このあたりの細かい変奏部分は、アーサー王物語や歴史に詳しい人ほど発見も多く、ニンマリするのかもしれません。


ラブレーさんの言葉はご謙遜、笑いを除いても、学べるもの、いやむしろここから学ぶ喜びが得られるという利点があるはず。恐れ多い物語です。


ガリバー旅行記』を彷彿とさせる挿絵がおもしろい。
イメージの参考に。

オノレ・ドーミエの風刺画、ガルガンチュア

ドレ作「サラダと一緒に旅人を食べるパンタグリュエル」

(共にWikipediaより)


1533年に出版されたものを複製したファクシミリ版があります。

Chronicques du grant Roy Gargantua, Pantagruel, Pantagrueline prognostication (Lyon, 1533)
Paris : Classiques Garnier , 2018

中はこんな感じ
縦長の本だったようです。