Ranun’s Library

書物の森で溺れかける

『古代ローマごくふつうの50人の歴史』無名の人々の暮らしの物語 :河島思朗著

河島思朗先生の最新著書『古代ローマごくふつうの50人の歴史』を読みました。


本書は難しい歴史書の趣とは違い、古代ローマへ気軽にタイムトリップできるような一冊です。普通の人、ごく一般人、当時脚光を浴びなかった人々に光をあてられ、その暮らしぶりから歴史を感じ取ることができるようになっています。例えるならヤマザキ・マリさんの『テルマエロマエ』の世界観でしょうか。


ふつうの人ざっと50人。
美容師、洗濯屋、助産婦、本屋など、現在にも通じる職人がすでに存在していたことにまず驚き、古代ならではのモザイク職人や香油店の人たち、さらには「墓碑にあだ名を刻まれたネズミ男」「カエサルの家庭教師」「戦車競走の賞金王」など、ユニークなタイトルで興味をそそる人々の物語がここにあります。


どの人からも読もうか迷ってしまうほどですが、本題に入る前に、あらかじめ知っておきたい諸々のこと、ローマ建国の歴史や、言語、宗教など、20のキーワードをあげて簡単に説明されていますので、そこは必読です。ひとつひとつの章は短く読みやすいですが、さすが研究者の書物とあって情報量はかなり多いです。


紀元前1世紀から2世紀頃のローマでは、住民は自由人と奴隷の2種に分かれていたので、必然的に奴隷として働いていた人たちが主役です。助産婦であれ、家庭教師であれ、働く人々は奴隷扱いでしたが、一定の条件を満たすと解放奴隷と呼ばれる身分になりました。


解放後も引き続き主人のもとで働く人もいれば、なかには雇われた先で高度な教養あるいは技術を身につけ、ステップアップしていく人もいたようです。雇われ主に左右されながらも、賢明に生き抜いた人々の姿が読み取れます。


個人的にはやはり図書館司書が気になったのですが、驚くことにこの時代の図書館は、公共の浴場施設に隣接されることもあったようです。今でいう、漫画が読めるスパワールドスーパー銭湯ですよね。「平たい顔族」もびっくり仰天のリラクゼーションスペースが『テルマエロマエ』の浴場に裏にも隠されていたかもしれません!


同時代でいうなら昨年訪れた「ポンペイ展」も記憶に新しい。そこで実際目にしたような美しいモザイク画や道具類、装飾品などが本書のなかにも解説付きで多数盛り込まれていて、感動ものでした。どれも大変貴重なものばかり。


当時の人々は、石や壁に文字や絵を刻むことで感情を表現し、ここで生きた証を残そうとしました。ひとつの墓碑に刻まれた痕跡、そしてその周り残された遺跡や道具から、家族構成やお人柄まで読み解いていく作業、それも50人となると、相当な労力だったと想像します。


ローマの息吹に思いを馳せ、著者はおわりにこう綴っています。
「ローマの人びとは、わたしたちと同じように感じていたのだろうか。それとも異なっていたのだろうか。古代を考えるときこの点を判断するのは難しい」と。


技術や文化が進化したからといって、そのことが豊かな社会、豊かな暮らし、豊かな感性をもたらしているとは限らない。


それでも当時の人々と同じように、身近な人を大切に思い、美しいものをみて美しいと感じる心は今も変わらないではないか。


しかしこんな風に魂こめて後世に残したいものがあるかといえば、少なくとも私にはありません。大切な写真や想い出も、スマホに閉じ込め鍵をかけているような自分を、当時の人が見ればどう感じるのだろうか、そんなことを考えさせられました。


追記(2023.7.20)
このブログを読んでくださった河島先生から、直々にご恵贈賜りました。
嬉しいです。こんなことがあるのですね。